はじめに・文様について(さわり)

模様、とくに文様が奥深く、面白い!と思えて、過去にいろいろな模様を描きました。

はまりすぎて、人の似顔絵を描くように、個人の文様(家紋みたいな)を描くこともしてきました。

 

こちらの文様ブログでは、当時に書いてきたおもしろい文様のエトセトラの記事を載せていきたいと思います。

 

他、手作り作品やおすすめの可愛い雑貨、京都スポットの紹介はアメブロのほうでしています。

こちらもよければ覗いていってください(‐^▽^‐)

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文様(紋様)というのはですね、その名のとおり紋のありさまを表しています。

そして紋というのは、家紋を想像してもらえれば分かるとおり、その家に代々伝わるしるしであり、またその家のルーツをひそかに表すものでもありました。

 

そして鎌倉時代、その紋をデザインする人たちのことを紋師といったそうです。

文様について はまた次の回で詳しくお話しますが、家紋、というと代々伝わる…という時点でめちゃ堅苦しい~感じがしますよね?

 

でも、そうじゃないんです!

 

西洋の貴族も紋章という似たような文化を持っていますが、フラワーアレンジメントもしかり、西洋のものはいろいろと決まりがあったなかで、統一されたデザインの美しさがあります。

うってかわって、日本の家紋や生け花を見ると、本当にすごく自由に、大胆な表現がたくさん施されています。

大きい枝を何本も利用して、雷を表現した生け花とかあるんですよ!

すごいダイナミック…!(((( ;°Д°))))

元来日本人っていうのはとっっっても自由な発想と感性を持っているんだな~!! とすごく感動してしまいます。

 

紋の使い方だって、紋付はかまや旗を作るだけじゃなく

・紋を並べて普通の模様のようにしたり

・ご婦人方は家に代々伝わるのを使ったりせず、お気に入りの歌舞伎役者の紋を小物やらに縫い付けたり

・はたまた、もっとお洒落でかわいらしい紋を自分で作って使っちゃったり…

 

自由!!!

ということで、次回は文様について、もう少し詳しく語りたいと思います。

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1.文様と模様のちがい

今回は、 文様と模様のちがいについてです!

 

「紋」の意味については前回に軽く触れたとおりですが、「文様(紋様)」とは、「紋のありさま・模様」を表す言葉です。

 

ここちょっと、文様と模様の違いって何?って感じですよね

 

ほぼ一緒です!! 一緒なんですが、ほんの少し違う…

どう違うのか……

 

適当にわかりやすく伝えようと思うとこんな感じです☆

 

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紋を使った模様 ⇒ ★文様★ と考えてもらえれば大体いいかな、と思います。

 

ちなみに、上の段の左端のは幾何学文様のひとつですね。

他二つのように家紋のようなシンボルマークとか入ってないジャンって感じですが、「紋」にはもうひとつ「織物の地に織り出された模様」という意味もあるわけで、他にもしましま柄の縞文様や、線が波型の波文様、菱形文様などあります。

 

なので本当~にほとんど模様と変わりないのですが、さすがに下の段のようなものでは文様とはいえないですね(;´・ω・)

 

なんかもうややこしくて、「もう和柄だったら文様ってことでよくね?」という気分ですが…

 

ではなぜ私は模様ではなく文様にこだわるのか…

それは、まるでただの模様かのようにふるまう文様(紋様)の奥に日本の文化と個々の歴史と職人の意匠という 壮大なロマンが詰まっているからなんです!

…とまぁ、そういうことをまたあつくるしく次回で語る予定です(^^)/

2.紋の起源と歴史

今回は、文様、特に紋の歴史について軽く説明します♪

 

家紋の歴史は、公家・武家によりその起源は異なるとされています。

公家の場合、平安時代宮廷等に出入りする際に自分の車と他人の車を区別するため、幕などに家の目印として、独自の文様を使いました

他にも、正装のときに用いる束帯の袍の柄として、また菅原道真が梅を愛したというような由緒に基づいて独自の文様を使うことがありました。

このような文様が世襲的に続いた結果、その家の紋章、家紋になったといわれています。

 

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その後時代は公家から武家の時代へ。

武家の家紋は源平合戦の頃が始まりとされており、戦場において敵味方がわかるように、旗や幕の目印に用いられたことからはじまりました。

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公家の家紋には優雅なものが多いことに対し、武家のそれは混乱の戦場の中でも識別容易なように簡略な幾何学文様が好まれました

ちなみに…蜻蛉(トンボ)は勝虫といって武士に大変好まれ、よく武具にその文様が使われました。

けれど家紋にはほとんど使われていません。やっぱり見にくいから?

 

やがて時代は江戸時代、300年の泰平の世となる徳川幕府の時代となり、武具が必要なくなったその時代、家紋は各武家の威厳を表す為のものに。

参勤交代の時など、武士はお偉いさんの家紋を覚えるのに必死だったよう。。

 

けれどさらに泰平の世の中が続くにつれ、南国の鳥が

「えさは十分あるし、あとは求愛活動だ!」

といわんばかりにカラフルな姿に進化していったことに然り、本来威儀を表すべきだった家紋も衣服に合わせて装飾化キラキラしていくことになりました。

 

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・花鳥・山水・文字などを模様化したド派手な伊達紋、

・カラフルな加賀紋、

・文様を鹿の子絞りにした鹿の子紋、

・簡略化された崩し紋

・恋人同士がそれぞれの紋を組み合わせた比翼紋

 

などなど…たくさんの紋がでてきます。

商業が発達し、財力を持つようになった町人の間でも自分好みの紋を作ることが流行り、ご婦人方の中には好きな歌舞伎役者の紋を小物にとりつけるだけでなく、自分の紋と組み合わせた比翼紋をつくる人まででてきましたヽ(゜▽、゜)ノ

 

明治維新以降、人々の服装(特に礼装)が和装から洋装に移った際に、紋の存在はそれまでと比べて大変に薄れていくことになりました。

 

が、その後資本主義の発達に伴い、企業が宣伝効果を狙って次々に製品そのものや会社に自社マークを用意

 

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今では団体・都市も次々とその構図にのっとり、紋章それ自体は今日でもさかんに利用されています

紋を利用する人が、公家から武家へ、そして庶民、企業団体へと移っていった、という感じでしょうか。

 

次回のテーマは文様のそのデザインの意匠、紋制作依頼者の要望を一つのマークに見事に融合・凝縮させた、職人の驚きの意匠についてです(@_@)

ここが一番あつくなるところです!!

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